元首旅行記
タイ北部旅行(58)メーサロンとの別れ。(by ちゃおさん)
山の町は朝が早い。山の端に太陽が顔を出すと同時に町には陽の光り差し込んでくる。夜のしじまは一瞬にして明けるが、バンコクのような朝の喧騒はない。どこかでニワトリの鳴き声が聞こえる位の静かさだ。
僅かな人口の町だが、この町には色々な魅力ある場所が多い。中国とタイ、或いは山岳民族との文化民族の混交がそうさせているのだろうか。
ゲストハウスから朝食を求め、町をぶらつくと、この小さな町にもタラート、市場があり、朝の買物客で賑わっている。タラートには人も集まり、食堂もある。小奇麗な食堂に入り、お任せで朝食をお願いすると、出てきたおかゆ風のお椀には盛り沢山の具材が入っている。ちなみに数えたところ、「ご飯」の上に「ひき肉」「芝エビ」「湯葉」「香草」「しょうが」「山くらげ」、他にまだ入っているようだ。余りにも豪勢なので、書き出してもらったら「กุ้งเห้ง」 「หมสิข」 「เหัค้หหม」「ตีนห้อม」 「คีนฉ่าร」 「เต้าหุ้แผ่นแห้ง」「จ้าว」 「ขิง」と8種類の材料名を書いてくれたが、この中で、一つだけ分かったのは、真ん中辺に書いてある「เต้าหุ้(タオフー)」で、ああそう言えば、「豆腐」も入っていたな、と後から分かった次第。毎朝これだけ食べていたら、栄誉過多になること間違いない。
さて腹を満たし、次に行った場所がこの町に唯一ある博物館で、それは台湾政府の援助により建設されたこの町の建設当時の記録で、山を削り、道路を作り、大変な難工事だったことが分かるものである。中国人のこの町に対する愛着が一入なのは、これ等記録を見ることにより充分理解できた。中には数点抗日、反日の記録もあったが、中国本国にあるようなどぎつい記載のものは少ないように思えた。
館を出たところに町の床屋があり、覗いてみると「イーブン、イープン、日本もある、ある」と言って手招きする。中に入ると、それはプミポン国王夫妻を中心にした世界各国の王族、元首、大統領の集合写真で、我が天皇皇后両陛下が前列中心に近い場所に座して微笑んでいる。いつ頃こんな写真が撮られたのか記憶にないが、世界中からの国家元首が一同に会し、それはそれは豪勢なものだった。天皇も座の中央付近にいて、それ自体は喜ばしいことだが、プミポン国王の直ぐ隣りに一人マレー系の王様を置いての場所であり、少しばかり残念な気もしたが、エリザベス女王夫妻と同等に扱われ、米国大統領よりはよりベターな場所であり、密かなほくそ笑みも感ずるものだった。
さあ充分見聞きもし、食べるも食べた。この町はもうこれ位で良いだろう。博物館からの帰りにお茶屋に寄り、友人へのお土産として烏龍の小袋を幾つか買い、ゲストハウスのご主人に別れを告げる。アカ族主人、アービイさんが「自分も漢字を書けるんだよ」と言って、自慢げに最後に書いてくれた「阿卡美斯楽極豪 単人房 双人房 騎馬遊山林」の切れ端を良い記念に頂き、バス停に向った。良い町だ、又来てみたい。
【旅行時期】2007/12/30~2008/01/09
【エリア】
メーサローン
【テーマ】
【投稿者】
ちゃお
哀愁のモロッコ9日間?ラバト(by koiさん)
エミレーツ航空で行く!哀愁のモロッコ9日間 7/6〜 (6泊9日)178000円
モロッコの概要
モロッコの正式国名は、モロッコ王国 Kingdom of Morocco で面積は、約45万9000km2(西サハラは除く)日本の約1.2倍、人口 約3224万人(2006年)。首都はラバト Rabat、元首 モハメッド6世国王 Mohammed VI。政体は、国王を元首とする立憲君主国家であり、民族構成はアラブ系65%、ベルベル系35%。宗教は国教のイスラム教(スンニ派)である。
祝祭日 【2008年】
1月1日 新年
1月10日 ※イスラム暦新年
1月11日 独立宣言記念日
3月1日 ハッサン国王即位記念日
3月20日 ※モハメッド聖誕祭
5月1日 メーデー
7月30日 国王即位の日
8月14日 ウェッド・ダハブ奪回記念日
8月20日 国王と国民の革命記念日
8月21日 モハメッド6世誕生日
10月2〜3日 ※ラマダン明けのお祭り
11月6日 緑の行進記念日
11月18日 独立記念日
12月9〜10日 ※犠牲祭メシュイ
12月29日 ※イスラム暦新年
※の付いた日はイスラム暦に基く休日。毎年変わるので注意。
ラマダン明けの祭りと犠牲祭前後の1週間は多くのモロッコ人が大都市から地方に移動する。鉄道、長距離バス、グランタクシーは大混雑するうえ、料金も高くなるので予定を立てるときは注意が必要。
★安心の添乗員同行・全観光食事付!★人気のエミレーツ航空利用! ホテルはスーペリアクラス(4つ星)
★4つの【世界遺産】フェズ、マラケッシュ、アイト・ベン・ハドゥ、メクネス観光!!
★ サハラ砂漠(メルズ−カ大砂丘)日の出観光!
★ オアシスの街並みカスバ街道ドライブ観光! 渓谷地絶景のトドラ峡谷観光
★迫力の騎馬軍団によるファンタジアディナ−ショ−!
★モロッコでのミントティ−とアフタヌ−ンティ−。や名物料理のモロッコ風串焼き「ケバブ」や「タジン鍋料理」、クスクスなど全食事付!
基本スケジュール
7/6
(20:45)中部国際空港集合。(22:45)中部国際空港発、エミレーツ航空にてドバイ乗り継ぎカサブランカへ。
7/7 朝 カサブランカ(昼頃着)、着後、専用車にてマラケシュへ。途中、モロッコでおなじみのミントティーのアフタヌーンティー。
モロッコ第2の都市【世界遺産】『マラケシュ』市内観光
夕方にモロッコで一番の賑わいを見せる「マラケシュ」観光。大道芸人や屋台の集まる「ジャマエルフナ広場」へ。
夕食はクスクスなどのモロッコ料理と迫力ある軍団によるファンタジアディナーショー。
7/8 午前【世界遺産】『マラケシュ』市内観光(広大な部屋に歴代君主が眠る●サアディン王朝の廟墓群、「バヒーヤ宮殿」、「クトゥビアモスク」、「メナラ庭園」を観光。
午後、ワルザザードへ。昼食は肉だんご「タジン(煮込み料理)」。
アトラス山脈の屋根ティシカ峠(標高2,260m)を越え、サハラ砂漠の北端の街ワルザザードへ 、途中、【世界遺産】『アイト・ベン・ハッドゥ』に立寄り。映画「アラビアのロレンス」の舞台となり、日干し煉瓦でつくられた要塞跡は迫力満点。
7/9 【終日】ワルザザード→170Km→トドラ渓谷(バス)→150Km→サハラ砂漠の入り口の街エルフードへ
オアシスをつなぐ砂漠の道『カスバ街道』をドライブし、途中、“バラの町”と呼ばれるエル・カーラ・マグーナ、途中、所々にカスバ街道最大のオアシス都市ティネリールを経由し、垂直に切り立った断崖絶壁がそびえ立つモロッコのグランドキャニオンと呼ばれ高さ200Mの断崖絶壁が続く『トドラ渓谷』に立ち寄り
◎トドラ渓谷で昼食は、ハリラ(野菜煮込みスープ)。夕刻、緑が美しいオアシスの街「エルフード」へ。
7/10 【早朝:04:00頃】4WDにて『サハラ砂漠(メルズーカ大砂丘)』へ行き、らくだに乗って砂漠に昇る日の出を見学して幻想的な夜明けを見る。ユニークな「化石探し」にも参加。
ホテルに戻り朝食後、エルフードからアトラス山脈の山麓の町ミデルト、ヨーロッパ風の保養地イフランを通り→460Kmフェズへ 。夕食は、ケバブ(串焼き)。
7/11 知的王都と称される【世界遺産】『フェズ』市内観光。1,000年以上に渡って発展を続ける世界一複雑な迷路【世界遺産】『メディナ(旧市街)』、アラベスク模様の装飾が美しい「ブージュルード門」、「アッタリン神学校」、「カラウィーンモスク」、なめし皮職人街タヌリなどを観光。(土産物店へ)夕食は、ケバブ(串焼き)
7/12 フェズ→メクネス→140Km→ラバト→100Km→カサブランカへ
【世界遺産】ムーレイ・イドリス、10世紀以来の歴史をもつ古都『メクネス』観光、ムーレイ・イドリス、10世紀以来の歴史をもつ果樹園やオリーブ畑に囲まれたメクネスは肥沃な土地として栄え、「マンスール門」、「ハディーム広場」を観光。この門は北アフリカで最も美しいと評されている。
首都ラバトへ。ラバト市内観光、スーク(市場)が並ぶ旧市街、「ハッサンの塔」、「ウダイヤのカスバ」、(赤い服に白マントの衛兵に守られた「モハメド5世廟」を見学。
観光後、映画『カサブランカ』の舞台となったカサブランカへ。
【警告】
油の高騰により燃油特別深運賃が高騰しているが、20008年7月から更に急高騰し、総旅費の半分以上になる場合が発生している。ゆえに当分海外良好は見送った方がよい。
■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
copyright(C)2006 Taketori no Okina YK. All rights reserved.
パナマ運河クルーズ(ジャマイカ・モンテゴベイ)(by 船の旅さん)
最初の寄港地はモンテゴベイ(ジャマイカ)です。
ケイマン海峡を隔ててキューバやケイマン諸島の南に、ジャマイカ海峡を隔てゝハイチとドミニカ共和国があるイスパニョーラ島の西に位置する。イギリス連邦加盟国。英連邦王国の一国です。従って元首は英国女王エリザベス2世です。
ジャマイカ島は、カリブ海で3番目に大きな島です。美しい海と豊かな自然に恵まれています。
最高峰のコーヒー豆を産出するブルーマウンテン山脈も有名です。
朝から湿った暑さの気配でした。
【旅行時期】2008/04/15~2008/04/15
【エリア】
ジャマイカ
【テーマ】
【投稿者】
船の旅
Special Day in MEX:デンマーク国王夫妻に遭遇の巻(by nh155さん)
《Under Construction》国立人類学博物館の出口に報道陣やらお偉いさんやらがたむろしてタダならぬ雰囲気。野次馬根性で待つこと数分、明らかに風格のあるオーラを放つ一団が!なんとデンマーク国王夫妻の来訪に居合わせてしまいました。後から調べて二度びっくり。現在のデンマーク国王はマルグレーテ二世=女王(写真左)で、夫のヘンリック王配殿下(同右)は元フランス人外交官&伯爵だったのだそうです。一国の元首と至近距離で出会うなんて!博物館の余韻はどこへやら、思いがけないロイヤルなひとときでした。
ハマのホテルから水車を見る(by 早島 潮さん)
平成20年2月17(日)
クラク・デ・シュバリエ見学後、シリア領内を長躯しホムスを経由してハマのホテル(APAMEE CHAM PLACE)へ到着した。
道中車窓から石油精製所を目撃した。砂漠から採取できる石油がこの国の経済を支えているのだ。
このホテルの夕食のセットメニューで供された料理の一部の写真を掲げておこう。
部屋の窓から大水車が展望できたことは鮮明に脳裏に刻まれている。
シリアの国勢についてウイキペデイアから以下を引用しておく。
歴史
紀元前305年-マケドニアのセレウコス将軍が王号を名乗る。首都はアンティオキア。
紀元前304年-インド領からの撤退始まる。
紀元前301年-シリア地方獲得。
紀元前274年-ガリア人侵入を撃退。
紀元前271年〜紀元前205年-シリア戦争
紀元前130年-パルティア軍に敗北。全東方領土を喪失。
紀元前64年-ローマ軍首都制圧。併合され、セレウコス朝滅亡。
661年-ムアーウィヤがカリフとなりウマイヤ朝創設。ダマスカスを首都と定める。
15世紀ごろ-オスマン帝国の支配下に置かれる。
1918年-オスマン帝国より独立。ファイサル1世がシリア王国の国王に即位する。
1920年-セーヴル条約によりフランスの委任統治領となる
1946年-フランスより独立
1958年-エジプトと連合、「アラブ連合共和国」成立(首都:カイロ)
1961年-連合を解消、シリア・アラブ共和国として再独立
1963年-バアス党政権樹立
1967年-第3次中東戦争 ゴラン高原を失う
1970年-バアス党で急進派と穏健・現実主義派が対立、アサドをリーダーとした穏健派が クーデターで実権を握る
1971年-アサド、大統領に選出
1976年-レバノンへの駐留開始
2000年-ハーフィズ・アサド死去。息子のバッシャールが大統領就任。
2005年-レバノンより、シリア軍撤退
2007年-バッシャール・アサド、大統領信任投票で圧勝し、2期目就任。
政治
シリアは共和制、大統領制をとる国家である。現行憲法は1973年3月13日に制定されたも ので、国家を社会主義、人民民主主義国家と規定しており、バアス党(アラブ社会主義復 興党)を「国家を指導する政党」と定めている。
国家元首である大統領は、バアス党の提案を受け人民議会が1名を大統領候補とし、国民 投票で承認するという選任方法を採っている。大統領の任期は7年で、イスラム教徒でな ければならず
、再選制限は無い。大統領は絶対的な必要性がある場合は、人民議会の閉会中でも立法権も行使することができ、シリア軍の最高司令官も兼任する。首相は大統領により任命される。内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、大統領が任命する。
議会は一院制で、正式名称は人民議会。定数250議席。人民議会議員は国民の直接選挙(15選挙区)で選出され、任期は4年である。定数250議席のうち、127議席は労働者と農民の代表でなければならないと規定されている。
前述のように、シリア・アラブ共和国憲法はバアス党を「国家を指導する政党」と規定しており、バアス党によるヘゲモニー政党制が採られている。
バアス党のほか、アラブ社会主義連合党やシリア共産党などの政党は与党連合国民進歩戦線を結成している(国民進歩 戦線議長はバアス党書記長)。合法的な野党というものは存在せず、事実上の野党勢力は 無所属という形で人民議会選挙に立候補することとなる。 非合法政党はクルド人勢力が大半。
司法制度はフランス法およびオスマン帝国法を基礎としている。
イスラム法は家族法の分野で用いられている。大統領を議長とする最高司法評議会が置かれており、裁判所判事の任命に当たる。最高司法機関は最高憲法裁判所である。
実質、大統領による独裁政権であるが、その実情は前政権時代の官僚が政治を牛耳っており、また、バッシャール・アル=アサド大統領自身も、政治的経験も少ないため憲法で定められた
大統領の強い権限もあまり行使されていない。バッシャール・アル=アサドは大統領就任後には、民主化も含む政治改革を訴えて、腐敗官僚の一掃、政治犯釈放、欧米との関係改善などを行い、シリア国内の改革派はバッシャールの政策をダマスカスの春と呼んだ。
しかし、改革に反対する守旧派や軍部の抵抗で改革は思うように進展せず、また2003年のイラク戦争でアメリカ軍の圧倒的な軍事力で隣国の同じバアス党政権のサッダーム・フセイン体制がわずか2ヶ月足らずで武力で崩壊させられたことに危機感を覚え、以後、体制 の引き締め政策を行い、デモや集会の禁止、民主活動家の逮捕、言論統制の強化、移動の自由制限など、民主化とは逆行する道を歩む。近年、レバノン問題で欧米との対決姿勢を鮮明にしてからは、この傾向がますます強くなっている。理由として、グルジアやウクライナなどで、いわゆる「カラー革命」といわれる民主化運動により、時の強権的政権が 次々と転覆したことに
脅威を覚えたからだと見られている。
対外関係では、政権はバアス党の伝統として「アラブの大義」「パレスチナを含むイスラエルによる全アラブ占領地の解放」を前面に押し出した主張をすることが多い。とりわけ、イスラエル軍によって占領されているゴラン高原の奪還は政権の最重要課題となっている。
イスラエルを牽制するため、1976年以降レバノンに軍を進め以後駐留を続けたが、レバノン国内からの反対と国際的圧力により、2005年3月に軍と情報機関の完全撤退を表明した 。軍は4月12日までに完全撤退した。情報機関の撤退については不明である。
レバノンの反シリア派は、同国で頻発する政治テロの犯人はシリアである非難している。
また、ハマースやヒズボッラー、イスラーム・ジハード等の欧米諸国やイスラエルが「テロ組織」と呼ぶ組織を支援しており、アメリカからは「テロ支援国家」に指定されている。
首都ダマスカスにハマースやその他のパレスチナ・ゲリラの拠点があり、武器援助や軍事訓練拠点を提供しているとされる。
イラク・バアス党政権との対立関係から、イラン・イラク戦争ではイラクと戦争状態にあったイランを支持した背景から、イランとは事実上の盟邦関係にあり、反米・反イスラエル、国際的孤立化にあるなど利害が一致する点が多い。最近は政治面の他、経済・軍事面でも一体化を強めつつある。
近年では、イランの他、ベネズエラ、スーダン、キューバ などの反米路線の国との関係を強化している。
ロシアとはソ連時代からの友好国であり、最新鋭の弾道ミサイル等の武器援助国でもある。中国ともシリア国内の資源開発や投資分野で関係を深めている。北朝鮮とはハーフィズ・アサド政権からの伝統的友好国であり、軍事交流や弾道ミサイルなどの北朝鮮製兵器の買い手でもある。共同の核開発計画も行っているとされ、2007年にはイスラエル空軍が核開発施設と見られる建物を爆撃した。
アサド大統領の出身部族はイスラームの少数宗派であるアラウィー派に属しており、多数派であるスンナ派を抑える形になっている。
地理
東地中海に面する一部を除いて、国土は隣国と地続きであり、北部ではトルコと、東部ではイラクと、南部ではヨルダンと、西部ではパレスチナやレバノンとそれぞれ国境を接している。
国土のうち、北部は半乾燥地帯、中部は山岳地帯が大半であるが、南部は肥沃 な土地が広がっており、国内農業のほとんどを負担している。
乾燥地帯の延長上には、アラビア半島に続くシリア砂漠がある。
地中海沿岸部は典型的な地中海性気候で、夏季は高温乾燥、冬季は温暖多雨である。内陸部に入るに従い乾燥の度合いが激しくなり、イラク国境周辺は砂漠気候となっている。
この地域では冬季には氷点下まで下がり、降雪による積雪も見られるなど季節毎の差が激しい。
ダマスカスの年平均気温は5.8℃(1月)、26.5℃(7月)、年降水量は158.5mm。
経済
現在のシリア経済は、バアス党の強力な計画経済により農業、商工業、鉱業ともに偏りがなくバランスが取れた形となっているが、米国による禁輸措置もあり経済は低迷状態が続いている。
2004年現在の政府発表の国内失業率は20%を超えている。現在、中国の改革・解放を手本として資本主義経済の導入を計っており、外国企業の投資受け入れやインターネット導入を進めている。
国民
住民は、アラブ人が90%で、その他にクルド人、アルメニア人などがいる。
アラブ人の中 にはシリア語を母国語とする部族もいるため民族性も多様化している。
少数民族としてネストリウス派(アッシリア人)、北コーカサス系民族、南トルコ系民族もいる。
言語はアラビア語が公用語である。その他、シリア語、クルド語、アルメニア語が使われる。
宗教は、イスラム教スンナ派が74%、他のイスラム教の宗派(アラウィ派など)が16%、キリスト教(非カルケドン派のシリア正教会、東方正教会のアンティオキア総主教庁、マロン派の東方典礼カトリック教会など)が10%である。
文化
古代より文明が栄えた土地のため、また各文明の交流地点のため、高度な文化が発達した。国内の各地にアッシリア帝国時代の遺跡が点在する。 西洋風の町並み・服装が浸透している。
【旅行時期】2008/02/17~2008/02/17
【エリア】
ハマ
【テーマ】
【投稿者】
早島 潮
元首に関するニュース
火箭割肉祭2570万美元首发如此战力怎能擒鹰腾讯网, China - Jan 3, 2009腾讯体育讯北京时间1月4日,火箭客场背靠背挑战老鹰,最终凭借毕比在1.5秒的绝杀,火箭最终以100-103憾负对手,其中姚明得到16分和15个篮板。 麦蒂曾经在当年火箭惨败 ... |
金沙江创投募3.8亿美元首笔投资即华军软件园, China - 4 hours ago1月6日消息,据国外媒体报道,美国风险投资专家——梅菲尔德基金(Mayfield Fund)的中国合作伙伴金沙江创业投资基金(GSR Ventures)今日表示,旗下第三期基金募集到3 ... |
摩纳哥元首赴南极考察气候变化新华网, China - Jan 5, 2009新华网巴黎1月5日电(记者李学梅)摩纳哥公国元首阿尔贝二世亲王5日从智利出发前往南极,对气候变化造成的影响进行为期近一个月的实地考察。 亲王宫当天发表公报称 ... |
依云北郡二期每平立减200元首付可分期我来房产, China - 6 hours ago现在购买依云北郡二期,每平优惠200元,首付款可以分期支付,例如:业主的首付为10万元,则业主无需一次性交付10万元,可在规定的期限内分期支付。 现项目小高层均价 ... |
元首関連エントリー
目元・首すじのポツポツに! ツルリンパックH (C)
ホーム > 美容・コスメ・スキンケア > チビイボ対策 > 目元・首すじのポツポツに! ツルリンパックH (C) 目元・首すじのポツポツに! ツルリンパックH (C) 販売価格 2,604円(税込) 購入数 いつの間にかできてしまった気になる目元 ...

目元・首すじを寝ている間にケア
... ご紹介する商品は、ヨクイニン・杏仁エキスを、たっぷり配合した目元・首すじのケアアイテム! 寝る前に気になる目元・首すじに付けて朝、はがすだけの簡単ケアで見違えるようなつるりん肌へと導きます♪ ⇒ 気になる目元・首すじのお悩みに ...

日本の記者会見で「バカ野郎!」外国元首にタマゴ投げたら?
日本でこんなこと起きたら、どうなるのでしょう?常識では起こるはず無いけど、だんだん常識が通用しない時代だから、何が起きるか? マスコミはショック受けるでしょうネ?政府はどうするんでしょう?

これで元首?
麻生首相は27日昼、社会保障費抑制に関し、20日の経済財政諮問会議で、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言したことについて、「病にある人の気分を害したなら、その点はおわびする」と陳謝した。 ...

「日本は元首が存在しない」へのコメント(2)
... 日本の戦後は、元首が公式にいなくなったが、元首であった人が、元首のような役割を40年近く果たした。その間は、天皇は偉い存在とする思想が伝えられた。 平成は異なる。元首でなかった人が、元首であった人の称号を引き継いでいるだけである。 ...

元首とは?
元首(げんしゅ、英語 英:Head of state)は、国家組織の最高位者を指す。国家元首。王室を有する君主制の国家では国王、共和制の国家では大統領が元首とされている。社会主義国では中華人民共和国の国家主席や旧ソビエト連邦 ソ連の最高会議幹部会議長、旧東ドイツやキューバの国家評議会議長が元首に該当する。
英語のHead of stateは、有機的国家論(国家有機体説)の産物で、国家を1つの生き物ととらえた場合の頭に相当する部分であることに由来する。
元首に関する規程を持たない国も少なくなく、そうした国での元首は慣習上のものである。各国の憲法により、元首が政治の実権を持つ場合も持たない場合もある。実権の有無、統治形態の違いにかかわらず、多くの国では、元首は国家の長としての特別な精神的権威を持つべきだと考えられている。しかし同時に国民主権の立場からそうした権威を削ろうとする考えも並存する。
元首の詳細