石像旅行記

楽しかった神戸(by bettyさん)

石像
JOECOOLさんご夫妻からお誘いをうけ、ランチの後、
スヌーピーの石像を見に行き、モザイクにあるファミリアで
スヌグッズを買い、お茶した後は異人館通りへととても楽しい
一日でした♪

【旅行時期】2009/03/01~2009/03/01
【エリア】三宮・元町・新神戸
【テーマ】グルメ
【投稿者】betty

感動のエジプト周遊8日間 ②【ルクソール西岸】(by punchmsさん)

石像
JTB「旅物語」に参加してのエジプト旅行。
ルクソール、アスワン、アブシンベル、カイロ等を巡る8日間の旅。
巨大な遺跡を前に、古代の人々の英知に乾杯!

ルクソール西岸の歴代の王が眠る「王家の谷」、「ハトシェプスト女王葬祭殿」、「メムノンの巨像」等の観光。
もちろん、有名な「ツタンカーメンのお墓」に入場(カメラは持って入場出来ないので、入口に置いてゆく)。
「王家の谷」では、今も、発掘作業が行われていた。


1979年、「古代都市テーベとそのネクロポリス」として、
ルクソール東岸の神殿や西岸の王墓などの遺跡群が、世界遺産(文化遺産)に登録される。

・王家の谷
 ピラミッドの形をしたエルクルン山の麓に位置し、入口が狭く、
 盗掘から守りやすいことから、ファラオの墓所に選ばれる。

・ハトシェプスト女王葬祭殿
 崖を利用した3階建ての葬祭殿で、2階にはハトホル女神の礼拝堂、
 ハトシェプスト誕生伝説のレリーフがある。

・メムノンの巨像
 アメンヘテプ3世の葬祭殿前にあった石像が今も残る。
 右の石像が地震でひび割れ、夜明けに音を出すようになったため、
 ギリシャ神話の曙の女神の息子メムノンと結び付けられた。

エジプト大使館 エジプト学・観光局のHP 
  
  • http://www.egypt.or.jp/index.html

  • 【旅行時期】2009/02/13~2009/02/20
    【エリア】ルクソール
    【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
    【投稿者】punchms

    中南米の旅・思い出のアルバム ボリビアのティワナク遺跡(by さすらいおじさんさん)

    石像
    ティワナク遺跡はラ・パスから72キロ、チチカカ湖から10キロの地点にある世界遺産でツアーで見学した。バスが途中ヨコヨコの丘に寄り、きれいなアンデス山脈と10キロ先のチチカカ湖がうっすらと見えた。ティワナク遺跡は2006年時点で30%しか発掘されておらず謎が多い遺跡だが、紀元前1000年頃からインカ帝国に滅ぼされた1200年代まで2000年以上続いた大国だったと推測されている。遺跡はかなり破壊されていたがティワナク博物館はかなり充実していた。7.5mのモノリート(立像)「ベネット」、初期のエジプトの階段ピラミッドに似た、高さ15m、210m四方のピラミッド・アカパナ、半地下神殿の180個の表情の異なる人間の顔、半地下神殿の門から見えるモノリート・ポンセの石像があるカラササーヤ、ピラコチャの神と48の鳥人が彫刻された太陽の門などを見学したがティワナク遺跡はプレ・インカ文化と言われている。ペルーのクスコで見た精巧な石組みが既にティワナクで見られるし太陽の門の鳥人、半地下神殿の人間の頭部、蛇の崇拝などは、メキシコのアステカ、マヤ遺跡で見たものと類似しており、インカだけでなくアステカ、マヤなど中南米全体の文化に影響を与えたのではないかと想像したものだが今後の発掘で南米の歴史文化の新発見があるかも知れない。

    関連旅行記-中南米・バックパッカーの旅【11】 ボリビアのティワナク遺跡―
  • http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10056922/

  • (写真はティワナク遺跡)

    【旅行時期】2006/03/07~2006/03/10
    【エリア】ティワナク遺跡
    【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
    【投稿者】さすらいおじさん

    1993年、50日間中米・キューバ旅行35、世界文化遺産・コパン遺跡を訪ねる。NO,2(by 堀昭夫さん)

    石像
    コパン遺跡の撮影を始めると、すぐ雨が強くなってくる。
    傘は入り口に預けてある。
    引き返すのもおっくうだし、そのまま撮影を続ける事にした。
    雨が降ったり止んだりの中を2時間程かけて見学し、遺跡を離れようとすると皮肉にも雨は止んだ.
    遺跡に入ると見えてくる、グランプラザと呼ばれる広場にはステラ(石像)が置かれてある。
    高浮彫りにより生み出されたその石像の繊細、精緻、イメージの豊穣さ・・・マヤ芸術の魅力をたっぷりと見せてくれた。
    <花のクローズアップ写真は、随時新しい写真をアップしながら
  • http://akio-h.blog.ocn.ne.jp/blog/
  • に展示中です。私の個展案内、新聞記事なども展示していますのでこちらも御覧下さい。>

    【旅行時期】1993/12/07~1993/12/07
    【エリア】コパン
    【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
    【投稿者】堀昭夫

    韓国紀行7(3):5月2日:釜山上陸、慶州へ(by 旅人のくまさんさん)

    石像
    <2000年5月2日(火)>

    <夜の嵐>
     夜通し荒れた海と、エンジンの音でほとんど眠れませんでした。やっと眠りについたのは4時過ぎです。この時間には釜山港沖に停泊し、エンジンの音が小さくなりましたので、3時間余り眠る事ができました。実は、別の組の若い人の寝言も、不眠の原因でした。
     うつらうつらしながら、いくつかの俳句が頭の中に浮かびましたが、7時頃に起きた時は、すでに思い出せませんでした。雨の音と、大波できしんだ音だけが耳に残りました。甲板に出てみると、雨の跡が残っていましたので、降ったのは間違いありません。しかし、同行の人達は、『ぐっすり寝ていて、風雨の事は知らない』との事でした。風雨がどの程度のものだったのかは、闇の向うの記憶でしかありません。
     上陸までに随分と時間がありましたので、朝食はフェリー内で摂る事にしました。韓式定食、和式定食共に同じ値段でした。しかし、6、7割は同じ品でした。ムルキムチ風のスープが味噌汁に替わったり、キムチが卵焼きに替わっていたりです。

    <釜山上陸>
     4時に沖合いに停泊しましたものの、上陸できたのは8時過ぎになりました。事務所の仕事が始まらなければ、入国手続きもできないので、やむない事情です。
     飛行機のハイジャック防止と違って、フェリーですと、手荷物検査は余り厳しくありません。下関を出る時も、『町で包丁を買ったが、そのまま船内に持ち込めるか?』等の会話が交わされていました。
     沖合いに停泊している時、地図を示して『どのあたりですか?』と乗組員の人に聞きましたが、よく分かりませんでした。入り江を少し入ったところで、まだ釜山港近くの赤いブリッジなどは見えない位置での停泊でした。入国手続きは別の到着便と一緒の時間になりましたので、混み合ってしまい、結構時間がかかりました。しかし、入国手続きそのものは、簡単でした。
     釜山港は日本でも『プサンハンに帰れ』の演歌で有名な港です。市街地に近く、便利な場所にあります。「ハン」とは、漢字の「港」の韓国読みです。国内便の桟橋も隣接していて、こちらも利用した事があり、事情はわかっていました。
     入国審査を終えて出たところに、空港と同じように銀行の両替窓口があり、早速ウォンを手に入れました。今回、会計を引き受けていましたので、多めに両替をしておきました。

    <帰りの準備>
     入国して最初の重要な仕事が、帰りの飛行便に関する手続きです。旅行社を使ったプランなら、全部お任せの部分なので、普通は経験する事がありません。
     大韓航空の事務所は、港から歩いていける距離なので、最初にそこを訪れました。時間を潰してからでないと、事務所は開いてないと読んでいましたが、入国手続きが混み合ったせいで、丁度いい時間になっていました。
     5日の束草(ソクチョ)からソウルまでの国内便と帰りの8日の釜山から名古屋までの帰りの便は、村井さんが予め予約していてくれたので、手続きは簡単に済みました。しかし、円での支払いはできず、ウォンで払って欲しいと要求されましたので、予め余分に両替しておいたのが役に立ちました。締めて120万ウォン余りです。手元に余裕がありましたので、釜山・名古屋間の2人分は往復チケットにしました。
     支払いを済ませると、手元のウォンが少なくなりましたので、急遽銀行で両替し、市外高速バス乗り場に向かいました。

    <慶州、古墳>
     市外高速バス乗り場までは、地下鉄で北に向けて移動しました。途中、西面(ソミョン)で乗り換えです。旧市街地より、こちらの方が発展してきている事が、最終日に訪れた時にも良く分かりました。市外高速バス乗り場は、地下鉄を降りて、程ない所にあります。地下鉄は途中から高架式に変わっていました。
     慶州(キョンジュ)までのバスは、平日のせいか、空いていました。釜山からは、日帰り旅行が手ごろな距離です。前回慶州を訪れたのは電車でしたが、今回はバスなので、また違った景色に見えました。しかし、街中古墳だらけです事には変わりがありません。小規模な古墳群は、無料開放されていますので、その一つを散策しました。いくつかの古墳は50cmほどを残して、土が運び去られていました。多分、スライスカットして、残らず埋物調査した結果に違いありません。
     大きな古墳群は、立派な塀で囲んでいますが、塀の外から十分に見学できますので、無料拝観させていただきました。その一帯は、古墳公園(コブンゴンウォン)と呼ばれています。解説書によれば、『7基の新羅王陵を中心に23基の古墳群を整備した公園』とあります。
     日本でいえば、天皇陵に相当する韓国王族、貴族の墓であり、日本との国情の違いを再認識させられます。既に知られている出土品には、金銅製の馬具、刀剣などがあり、日本との類似性についての研究成果が多く発表されています。以前に訪れた時、その出土品が展示されている慶州博物館を見学しました。今回は時間の都合で、見学を割愛しました。しかし、時間が有れば、じっくりと見学したい博物館です。立派な収蔵品案内書が出版されていましたので、前の旅行の時に入手しておきました。

    <慶州、仏国寺と石窟庵>
     石窟庵(ソックラム)、仏国寺(プルグクサ)共に、韓国での数少ない世界文化遺産です。いずれも拝観料が一人当たり3000ウォン必要でした。もちろん、その価値が十分にある韓国、世界の宝ですから、それが高いとは感じません。
     仏国寺へはバスで向かいました。前回訪れた時と同じ交通手段です。少しばかり街外れなので、時間はかかりますが、タクシーと違って、かなり安い値段です。
     仏国寺はボタン桜の落花の最盛期で、石畳や芝生をピンクの色で敷き詰めていました。古木や若木の素晴らしい新緑もありました。お寺の入り口には、例によって、『学生さん風』の女性が

     「日本語を勉強しています。無料で歴史とお寺案内をさせていただきます」

     と、寄って来ました。確かにその通りなのですが、お土産店へ連れて行かれるのが鬱陶しいので、やんわりとお断りしました。
     仏国寺は、解説書によれば『535年に創建され、200年後には現在の10倍の規模にまで拡大された』とあります。更に『壬辰の乱で焼かれ、今の建物は、その後再建された』とあります。立ち入り禁止になっている正面の石段だけが当時のままのようです。このお寺も、秀吉軍の焼き討ちにあいました。 
     石窟庵は仏国寺背面の山の上にあり、とても歩いていける距離ではありません。ここはタクシーを使う事にしました。路線バスもある事にはありますが、待ち時間が長すぎました。タクシーの運転手さんとは、30分ほど待って貰う条件で、2万5千ウォンで話がつきました。往復で、一人当たり800円余りです。帰りにまとめてお金を払う約束なので、置いていかれる心配はありません。
     『751年の新羅35代の景徳王時代の宰相・金大城が、両親のために創建しました』と伝えられる、世界文化遺産に相応しい石像の傑作です。保存状態も問題ありません。七曲の山道を頂上まで来た甲斐がありました。その帰りに、仏国寺で出会った日本からのご年配のカップルから

     「石窟庵はどこですか?」

     と、聞かれましたので、

     「タクシーでないと行けませんが、世界文化遺産ですし、素晴らしい仏像なので、是非ご覧になるといいですよ!」

     と、三人でお勧めしました。
     
    <浦項(ポハン)へ>
     翌日のフェリーは浦項(ポハン)からなので、今日のうちに移動する事にしました。バス、電車ともにありますが、市外バスを使うことにしました。日本のバスと違って、アナウンスがありませんから、降りる場所が難しくなります。
     時間、距離感、方向や町の大きさ等や、看板などを目印にしています。いつもMuさんが時刻表(シガッピョ)を片手に頑張ってくれています。相当のプレッシャーになっているはずです。私もそれなりに気をつけていますが、余り役には立ちません。
     ポハンは世界有数の鉄鋼の街です。同行のお二人の話では『日本の鉄鋼が駄目になったのは、ポハンの繁栄のためのよう』であり、『ひょっとしたら、世界一の鉄鋼の町かも知れない』と言うことでした。
     しかし、現実に訪れたのは、全員はじめてでした。それで、明日の出航場所を探すのに、散々苦労しました。フェリーターミナルの位置が移っていて、手持ちの地図とは違っていたためです。途中で道を教えてくれた人も、旧ターミナルを教えてくれましたので、余計に時間がかかりました。
     親切でのことですから、怒るに怒れません。結局は、タクシーを使って新ターミナルに行き着きました。何の事はありません。最初に目にした、停泊中の白い船を目当てにすればよかっただけの事です。
     ターミナルが見つかったら、後は宿もその近くですぐに見つかりました。一人3万ウォンと、まずまずの値段でした。夕食は宿の近くで摂りました。ヒラメを韓国風の刺身にして、メウンタン付きです。道路に張り出した看板に、お値打ちセットと書き込んでありました。ビールと焼酎を2本づつ頼み、飲み物代を含めて3万4千ウォン・プラスマイナス千ウォンと予測しました。ぴったり3万3千ウォンで済みました。
     夜、宿の窓からは、先ほど立ち寄って確認してきたフェリーポートが見えました。明日乗る予定のフェリーも、白い船体がライトで照らされていました。後は天気次第です。幸いに風も無く、明日は穏やかな天気になりそうな予感がしました。


      釜山に向かうフェリーにて
     春嵐音に怯えて海渡る

     長き夜過て短し春の朝

     春嵐過て未明の船泊

     船着て春の微睡み揺し中
        
      慶州の仏國寺にて
     悌髪の人は急がず花の下

     焼討を許し給えよ寺の春

     八重桜散敷く寺の石畳

     韓の寺礼拝続く春の午後

     新緑や古き山門覆たり

     酔し客無き境内に八重散ぬ

    【旅行時期】2000/05/01~2000/05/08
    【エリア】慶州
    【テーマ】
    【投稿者】旅人のくまさん

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